2007年03月08日

He regresado a Japo'n

帰ってきました。
13時頃日本到着。
その後電車で帰宅。

眠いです。。。

旅行は、楽しかったですよ、個人的には。
でも友達との2人旅って考えると、微妙でした。。。
今回の相棒とは、もう行くべきじゃないなって思ったり。
彼女がB型だからかなぁとか思ったり。
でも彼女の良い面も見れましたがね。
でも会話も笑顔もなくなったりして、ちょっと辛かった。。
いや、実際はそんなに気にしてないけど。
1人で別行動できたらどんなに楽か、って思いましたよ。
まぁ、スペインを見れたんで満足は満足ですけどね。

詳しい内容はそのうち・・・・
とかいいながらメキシコの話もまだ全然書けてないですけどね。。。
今回は総括、、、みたいな。

とりあえずスペインは観光大国って感じで。
日本人を始め、観光客がたくさんいました。
それにしても日本人多すぎって感じもしましたけど。
多分どこのヨーロッパの観光地に行ってもそうなんでしょうねぇ。
中国もかなりスペインに進出してる感じで。
中国のでかさを感じました。
スペイン人にとってアジア人といえば中国人、みたいな。

あとは、留学をまじめに考えました。
スペインは観光するならもう最高じゃないかと思います。
観光客のためのinformacionとかがたくさんあるし。
あの街の雰囲気の中で、あの雰囲気を日常として生活したいなぁって思いました。
つまり留学にもなかなか良さげってわけで。
治安の悪さもそんなに感じなかったし。
遅い夜に出歩かなかったというのもあるかもしれませんが。
メキシコより生活しやすそうだなぁって思いました。
バスとかメトロとかあるし。
やっぱり発展してるっていうか。
自由に動けるっていうか。
ちなみに行くなら、マドリッドじゃなくて、
アンダルシーアかバルセロナのほうに行きたいって思いました。
なんか人がより温かく感じたから☆
ただ自分が慣れただけかもしれませんが。

でも今回ので、スペインなら1人で行けるなぁって思ったのはホントで。
一番勉強してみたいと思ってるのは今もコスタリカだから、
行くべきなのはコスタリカだとは思うんだけども。

でもスペインで「売り家」とかあるといくらなんだろ〜って思ってました。
お金どのくらいためたらスペインで暮らせるかな〜とか。
なんか商才があればな〜とか。
いつかはスペインでしばらく暮らしたいって思ったのは事実。

希望としては、半年から一年、休学して行きたい。どこかに。
スペインかメキシコかコスタリカに。。。
どれだけ優柔不断なんだって感じですが。。。。
でももし長期で行かなくても、夏休みに1ヶ月から2ヶ月、行こうとは思いました。
どこかに。
次の春休みは就活しなきゃな気がするしさ。。。。

スペインで留学のことを考えて彼氏のことを考えてもいました。
PCが使えたら連絡取ってました。
もし長期で行ったらどうなるんだろうって。。
留学を考えてることを伝えたらどうなるんだろうって。
まだ決めたわけじゃないから言い出せないですが。
彼氏を理由に留学を取りやめることはしたくなくて。。。
ずっと待たすのは悪いから別れたほうが良いのかなって思ったりも。。
付き合いだしたばっかりなのに、
半年後のことからさらにその1年後のことを話すのも
どうかな、とかもちょっと思っちゃうし。
時間がたくさんあったので、結構考えてました。
答えはでませんが。

でも、やっぱり外国好きだな〜って思ったし、
ほんとにいつかは絶対なんらかの形で住みたいなぁって思った。


日本の寒さにビックリ・・・
ニックネーム いむじ at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン・ラテンアメリカ

2006年08月19日

primero fin de semana

なんかもう全然話が進まないんでパッパといきたいと思います。

〜La programa de Mexico〜 el sabado primero

昼食を食べたあと、5時30頃から centro に行くといわれました。
でも実際出かけたのは6時頃だったような・・・?
これぞメキシコ時間、tiempo mexinano です。
私が住んでたのは puebra という町で、その centro を車で見て、
本当は歩く予定だったらしいのですが、あいにくの雨が降ってきたため、
中止です。
その次に近くの cholula(ra?) という町の centro を見ました。
私と同じプログラムで行った人はこのどちらかの町で暮らしました。
私が二箇所見たってことに気付いたのはだいぶ先のことでした。

車ではまぁ、全然話せませんでした。
何か聞かれたら答えるようにはしましたが、si か no で終わってしまう感じ。
教会とか建物見ても、「へ〜」とかしか言えなかったです。
感動とか驚きとかの感情の表し方がわからないですね。
だいたい建造物見て、なんて言えば良いのかわかんないですしね。
デカイとかキレイとかスゴイしか思いつかないですよ。
何度も何度もおんなじ言葉は使えないですからね。
多分この時点で、ホストファミリーには
私のスペイン語の出来なさがはっきりわかったと思います。

まだ眠りが足りなかったのか、車の中で気付いたら寝てしまってました。
疲れてたんでしょうね。きっと。
家に帰ってから、どうするか聞かれたから(多分)、
部屋で休むって言って、夜ご飯まで部屋にいました。
荷物整理したり寝てたりしたんじゃないかな。

で、mama が何食べたいか聞きにきて。
何があるかもわかんないから、とりあえずフルーツ食べるとことに。
パパイヤとかマンゴーを私は食べたことがなく、初めて食べました。
メキシコでの初体験です。
パパイヤはあんまり好きではないですが、マンゴーは結構美味しかったです。
というかパパイヤもマンゴーもあんまり・・・・とか言えないなーとか
思ったっていうのもあるけど。
でも実際マンゴーは意外に美味しいですね。もっと変な味かと思ってました。
他、一口に切ったりんごやメロンなど、
とにかくフルーツをお皿にいっぱい食べました。

メキシコはフルーツが安いみたいです。日本より豊富だと思うし。
他にもバナナやブドウ(緑の)、イチジク、モモなどがありました。
あとはメキシコ特有のフルーツとして tuna というものが。
小さい種がたくさんあって、でも食べれる種で。
種は硬いから実際飲み込むんだけど。
最初は、ん??って感じでしたが、食べ方に慣れてくるとなんか美味しかったです。
皮は刺さると痛いです。剥くときに注意が必要です。

テレビを見ながらこれを食べて、食べだしたのが9時過ぎぐらい。
食べ終わって少ししたら、寝るって言って部屋に戻ったかな。
だいぶ記憶があやふやです。
そうそう、私はこのホームステイ中自分の1人部屋が与えられました。
多分誰か子供が使ってた部屋だと思います。
今では私みたいなステイしにくる人がよく使うみたいです。
その部屋には、トイレとシャワーがついていました。狭いですけどね。
1畳か1.5畳ぐらいの広さに、トイレとシャワーがあったかな・・・
この家には2階の各々の部屋にトイレとシャワーがあったみたいです。
1階には1部屋寝れる部屋があって、1階にも部屋の外に1組ありました。
他の友達に聞いたら、かなり広いトイレとシャワーがあって、
部屋を貸してくれるお兄さんが使うだけというところを使わせてもらっていた人や、
普通に家族と共同で使っていたらしい人まで様々でした。
自分の部屋にあることで、気兼ねしなくてすんで良かったです。
日本人はたいてい夜にシャワーやお風呂に入りますが、
メキシコ人は朝にシャワーを浴びます。
私は、夜に使いたいと言って夜に使わせてもらいましたけどね。

一度、日本から持ってったドライヤーを使ってたら急に切れてビックリしました。
しばらくしたらまた使えるようになりましたが、“強”では使えないようです。
夜だったからかもしれませんが。朝ならまた違ったかも。
メキシコでは変圧器などは特に必要なく、そのままのコンセントで使用できます。
デジカメや日本の携帯、でじたるおでぃお・・・など、
日本から持ってたものを普通に充電して使っていました。

そんなこんなで第一日目の土曜日、終了です。
ニックネーム いむじ at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン・ラテンアメリカ

2006年08月19日

primera man~ana y comida

〜La programa de Mexico〜

メキシコに到着して最初の朝。
起きたのは午後3時か4時ごろでした。
mamaがノックして「いむじ?」って。
ノックされるまで、一度も起きませんでした。
というかノックで起きました。
私がノックで起きたことにmamaは驚いてました。
まだ寝てたの?!って。
それで、何か食べたいかって聞きにきました。
お昼の時間だったみたいで。
お腹も特に空いてたわけじゃないけど、食べたほうが良いと思って。
食べたい、って言いました。
それですぐ着替えて、階段を降りていきましたよ。
そこで姉と初対面。

前にもらっていた資料に luri って書いてあって。
たいぶたってから、ユリって読むことを知りました。
それまでは“I”を“L”と勘違いしてて、ルリって名前だと思ってました。
でも他の人が呼ぶとき、なんかルがユに聞こえたりして。
ユリって呼んでるけど、ルリって名前だよな〜とか思ってましたよ。。
そしたら最初の“l”は“I“”だったようで。
大文字と小文字とかってわかりにくいです。。
Iuri と書いて、ユリって読ませるようです。
日本にもユリって名前あるって言いましたよ。
Yuri って書いて、ユリって読むって。
あ、スペイン語だと、Yuri はジュリって読まれてしまいます。
いとこに Judy っていう女の子がいて、ジュディとユリで、
たまにどっちが呼ばれてるのかわからないって言ってました。
何度か呼ばれて、どっち?って言ってましたし。
私の名前もスペイン語ではその発音がないので、
とても呼びにくそうでした。
メキシコ人にとっては難しい発音の名前なのでなかなか覚えてもらえず、
というかちゃんと呼んでもらえず、ちょっと悲しかったです。
まぁちゃんと呼んでもらおうっていうのはすぐに諦めましたけどね。。

すぐ脱線してなかなか話が進まないですね。
まぁ最初だけでもしっかりゆっくり書こうかと。。
私のホストファミリーは、
過去に何人もの留学生を受け入れていて、とても慣れてました。
私の大学の人も、私が3人目で。。
もう受け入れが趣味とかになってるんじゃないかな。mamaの。
ユリさん以外の子供はもう結婚してるし、ユリさんも働いてるし。
mamaの寂しさを紛らわせるためみたいなものかなーとか思いました。
papaもmamaも60代後半です。

メキシコでの初めてのまともなご飯は、
魚、サラダ(レタスとトマトときゅうりみたいなの)、米でした。
魚は開いてあるのが焼いてあって。魚の原型を留めてないです。
米は細長いインディカ米で。なんか炒めてあって味がついてました。
やっぱり私って味覚音痴で鈍感だなーって思いました。
味の違いとかよくわかんないっていうか。
米の違いもそこまで、みんなが言うほど全然気にならないっていうか。
日本のお米のが美味しいのは決まってるけど、
向こうで食べたお米も美味しいのは美味しかったと思ったし。
まぁ味付けによりけりだったって気もしますが。
あと、メキシコにはフリホーレスっていう、甘くないあんこがあります。
日本人にとっての・・・味噌汁、かなぁ。
いつもの食生活に欠かせないものの一つです。あ、漬物かなぁ。。
お米でも良いんだけど、日本人にとってのお米は、
トルティージャっていうパンなんで。
トルティージャはぺらぺらのピザ生地みたいな皮っていうか。
たまにスーパーで、トルティージャっていうお惣菜が売ってます。
その中身を抜いた皮がトルティージャです。
なんかちょっと違いますけどね。
お肉とかスープとかと一緒に食べたりしてました。

で、フリホーレスは、残念ながら口に合いませんでした。
見た目あんこなのに甘くないのはなんか無理でした。。。
行く前に聞いてたので食べるのを楽しみにしてたんですけどね。
あれは無理です。。。
ニックネーム いむじ at 08:40| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン・ラテンアメリカ

2006年08月18日

Dia de salida

〜La programa de Mexico〜 Salida y llegada

8月18日、出発の日。

車でセントレアに行きました。
おばあちゃん家に親が行ってお仏壇のことをやっている間に
私はコンビニで梅のガムと飴を買いました。カロリーメートも買ったかな。
梅は、梅が恋しくなるかと思って。
カロリーメートは、食事が合わなかった時のために。
でもどちらも全く不要でした。
ガムだけは、たまに食べましたけど。でもそれは梅が恋しくてじゃないんで。

高速でセントレアまで行ったんですが、どー行ったのか覚えてないです。
どこのインターから乗ったのか。名古屋のほうかな。。
全然覚えてないです。
記憶にあるのはもうセントレアに結構近づいたところらへんから。
自分では気付いてなかったけど、ナーバスになってたのかも。
あ、でもちょっと緊張はしてましたね。
夜寝るの遅かったから寝てたのかもしれない。
・・・思い出せない(笑)

セントレアでお昼食べました。初セントレアです。
雑炊のお店かな。現代的で和風な感じのお店で食べました。
喉を通らないかとも思ったんですが、まぁ普通に食べれました。

その後集合場所に行って、スーツケースを預けて、
先生と旅行会社の人とはお別れです。
テロの影響で水分はやっぱりダメでしたし、
リップや歯磨き粉も機内持ち込み不可でした。

ゲートに入る?にはまだ時間があったので、少し時間を潰して。
歯磨き粉&歯ブラシが紛失したので買ったりしてね。
スーツケースに入ってましたよ。
前日に買っといたのに、意味無かったです。

それで、親とシンプルに別れて。もう帰るねって。じゃあ頑張ってねって。
私もうんって。ただそれだけ。さみし〜(笑)
友達はもう少し感動的でしたね。泣いてはなかったけど。
電子辞書がない!って焦ってました。
結局かばんの横に入ってましたけどね。

当初の予定では、日本→サンフランシスコ→メキシコだったんですが、
日本→サンフランシスコの便の到着が遅れて、
予定のメキシコ行きの便に乗れなくて、
サンフランシスコ→ロサンゼルス→メキシコってなりました。
昼間主の2人が英語かなり話せて、大活躍でした。
乗り継ぎ場所がわからなくて探すときとかね。
あ、一緒に行ったメンバーについては後々。。

サンフランシスコまでは、皆席が近くて。ちょっと安心でした。
最初の席がバラバラだったら不安で大変だったと思います。
次の便からはバラバラになりましたけどね。ご近所でしたけど。

サンフランシスコへ向かう時に、
最後少し気持ち悪くなって、トイレに駆け込みました。
飛行機酔いかな。。ほんとに吐きそうでした。。
すぐに治まったけど。
通路側で気をつかわなくて良かったけど、
人の動きでしっかりとは眠れませんでした。
でもパートの人にトイレによく行くように言われてたし、
エコノミー症候群とかあるから、楽でしたね。

アメリカでは、靴もX線?に通すんですよね。
靴脱いでてビックリしました。

ロサンゼルスでは、アメリカよりメキシコっぽい気がしました。
サンフランシスコとは全然違いましたね。
メキシコに近づいてるって感じでした。
しかしロサンゼルスではかなり疲れてました。ヘトヘトです。
着いたらどーなるんだろ〜とか考えなかった気がします。
なんとかなるだろ〜みたいな。

ロサンゼルス→メキシコに行って。
空港でメキシコで通う大学の生徒が二人お出迎え。

あ、スーツケース開けなくてすんで良かった〜って心から思いました。
パンパンで大変だったんです。。
ボタン押して、赤く光ったらチェックが入りました。
私は緑だったんで。
まぁ一部緑でも、見せろって言われてましたけど。
ここはメキシコってことで。
かばんのチェックもアメリカと比べたら雑だった気がしますしね。

空港のメキシコシティーから、次はバスで、私達の住む街まで移動です。
2時間ぐらい。あ、サンフランシスコまでは10時間ぐらいでした。

バスターミナル?でホストファミリーとご対面。
他の家族は名前呼んで自分の子供を探してたのに、
私の家族はのんびり構えて、他の人とお喋りしてて呼んでくれなかったので
なかなか見つからなくて。
さすがにちょとと不安になりました。
まぁ優しそうな良い感じのおばあちゃんでした。(ん?)
ほんとはマザーなんですけどね。
ファザーもマザーももうお歳はおじいちゃんおばあちゃんです。
でもmamaとpapaって呼びますけど。

すぐみんなと別れて、各々自宅に。
車で少し話しかけられたけど、なかなか理解できませんでしたね。
それでも何回もゆっくり言ってもらって、なんとかなりました。

家に着いて、なんか食べるか?って言われて、
断ったらあれかと思って、りんごを少し食べました。
でもりんご食べるって言ったときに、まるっと一個出てきた時には
ビックリしました。
どーやって食べたらいいかわかんなくて。
聞いたら、papaは丸かじりするけど、mamaはナイフで切って食べるって。
でも日本みたいにきれいに切って食べるわけじゃなくて、
切りながら食べる、っていう感じ。
それで半分ぐらい食べました。
日本より一回り以上小さいりんごです。
それでその後就寝。
実はこのときメキシコ時間、8月18日土曜日の午前2時か3時ごろ。
深夜です。
同居してる姉(hermana)はやっぱりもう寝てました。
予定では翌日(?)の土曜に大学に行くことになってたんですが、
到着が遅れたためなくなり、明日は好きな時間まで寝てていいとのこと。

さて、私は何時に起きたんでしょうか?


以下次回。


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ニックネーム いむじ at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン・ラテンアメリカ

2006年05月13日

『Don Quijote』

ちょっと久々にスペイン語関係のことについて。

セルバンテスの傑作、『ドンキホーテ』って知ってますか?
これ、スペイン人の作品なんです。

中学と高校の時に、学校が劇団を呼んだとき、
どっちもドンキホーテを演じてました。
あんまりしっかりは覚えてなかったけど、やっぱり少し話が違ってました。

タイトルを見て分かってしましますが、この区切り、
「ドンキ・ホーテ」としてしまいがちですが、正しくは「ドン・キホーテ」です。
日本では、「ドン・キホーテ」と呼ばれてますが、正式名称は長いです。
『El Ingenioso Hidalgo Don Quijote de la Mancha』です。
作者のセルバンテスの名前も、Miguel de cervantes Saavedra です。
タイトルを直訳すると、
『ラ・マンチャ地方の創意に富んだ郷士、ドン・キホーテ』ですかね。
まぁ何て長いタイトルなんでしょう。。。
これを去年覚えましたよ。文学の研究概論で。
もう忘れましたがねあせあせ(飛び散る汗)

なんかわかんないけど、急に“だから何?”的な事が書きたくなったんで(笑)。

ちなみに、ピカソもスペインの人みたいです。
あと、サグラダファミリアで有名なアントニオ・ガウディもスペイン人です。
大学に入るまで知りませんでした。
サグラダファミリアも、存在は知ってたけど、
まさかスペインにあるとは思ってもいませんでしたし。

他にもあったかもしれないけど、今日はこんなとこで。
ニックネーム いむじ at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン・ラテンアメリカ

2006年02月05日

『青春アミーゴ』

『スペイン・ラテンアメリカ』のカテゴリ、作るだけ作っといて記事一つも書かずにきたけど、ここでは授業で聞いたスペイン・ラテンアメリカについて「へ〜」っと思ったこととか人に教えたいこととかを書こうと思って作りました。普段の生活の中で出てくるカタカナが実はスペイン語なんだっていうことも書きたくて。それでずっと前から書きたかったけど中々時間がなくて。。今になってしまいました。

というわけで、第一段はちょっと古いかもしれないけど修二と彰の『青春アミーゴ』から。
できれば去年書きたかったけど無理でした。でもこの曲春の選抜高校野球の入場曲にも決まってるから、まぁ今年でも良いか、って。でなかったらお蔵入りになるところでした。

まずタイトルの「アミーゴ」。
これは結構有名かもしれませんが、「amigo」で「友達」って意味です。
あ、友達が女の子だったら「amiga(アミーガ)」になります。
次は歌詞にでてくる、「Si 俺たちは・・・」の「Si」。
これは多分英語で言う「Yes」の意味だと思います。でもスペイン語で「Yes」って言いたかったら「i」にアクセントをつけないといけないんです。もしアクセントをつけなかったら「もし・・・なら」の仮定表現になってしまうんです。だからどっちの意味なのかよくわからなくて。
正直私自身、この歌数回しか聞いていませんから。最初にMステできいて、おっ!スペイン語!!って思ったんで。友達も同じこと考えてましたし。
あと一つは、「ミ・アミーゴ」。
「アミーゴ」はさっき書いた通り「友達」って意味です。「ミ」は「mi」で、英語で言う「my」。「私の」って意味です。だから「ミ・アミーゴ」は「私の友達」って意味ですね。
今覚えてる限りでは出てきたスペイン語はこんなとこだったと思います。

もしわたしがスペイン語を勉強してなかったらまずこんなことわからないまま聞いてただろうと思います。「アミーゴ」と「Si」はなんとかわかったかもしれないですけど、「ミ」はわからなかったような気がします。「アミーゴ」だって勉強する前からスペイン語って知ってたかって言われたら知らなかった気がしますし。「友達」って言う意味もわからなかったかもしれませんし。。

せっかくスペイン語を勉強してるんでこれからはもっとスペイン語を取り入れていきたいなと思ってます。
ニックネーム いむじ at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | スペイン・ラテンアメリカ